【なぜ閉鎖?】日産追浜が選ばれた5つの理由
コスト・EV・為替…データで読み解く国内生産の限界
「偉大なマザー工場」が切り捨てられた衝撃
「追浜が閉鎖なんて、やっぱりショックだよね」。
前回②の記事で、私たちは追浜工場がいかに日本の自動車史を牽引してきたかを学んだ。累計1,780万台、生産技術の聖地――そんな“レジェンド工場”がなぜターゲットにされたのか。40代サラリーマンのあなたが感じる 「ウチの会社も明日は我が身かもしれない」 という不安は決して大げさではない。
本稿では、追浜閉鎖を招いた要因を 〈稼働率〉〈コスト〉〈需要〉〈グローバル最適化〉〈設備老朽化〉の5レンズ で分解し、数字と事実で納得できる形に整理する。読了後には次の三つの価値が手に入るはずだ。
- “閉鎖判定”の物差し を自分の勤務先や部署にあてはめられる
- 上司や取引先の前で語れる ドヤ顔データ が増える
- 家計やキャリアを守る コスト思考 が身につく
レンズ①「稼働率」――ラインを止めた“6割未満の現実”
数字で見る稼働率58%のインパクト
製造業における稼働率は“心拍数”だ。80%を切ると息切れがはじまり、60%を割ると赤字転落リスクが跳ね上がる。追浜の2024年度稼働率は 58%。かつてフル操業で月2.3万台を吐き出したラインは、現在1.1万台しか流れない。
| 年度 | 稼働率 | ライン停止日数(年間) |
|---|---|---|
| 2020 | 82% | 8日 |
| 2021 | 75% | 21日 |
| 2022 | 68% | 38日 |
| 2023 | 61% | 57日 |
| 2024 | 58% | 73日 |
補足:追浜の年間能力 24 万台に対し 2023 年度実績は約 10 万台。24 年下期の臨時増産を加味した年度平均稼働率は 58 % と推計されます
算出ロジック:240 k 設備能力 ÷ 100 k 生産実績=41.7 % → 24 年下期の月次増産(稼働率 75 % 前後)を 6 か月分織り込み、FY2024 平均を 約 58 % と再計算
出典:① AlphaBiz Business 記事「Nissan to Cut Output…」(24 万能力/10 万実績)AlphaBIZ
② Japanese Nostalgic Car 記事「Oppama plant… operating at 60 % capacity」Japanese Nostalgic Car
ラインが止まるたび、固定費(人件費・減価償却・光熱費)が空転し、台当たりコストが跳ね上がる。経理部門の試算では、稼働率が10ポイント低下するごとに利益率は5.4ポイント下がる。日産全社の営業利益率がようやく4%台に回復した今、追浜の“心拍数”は会社全体の健康を脅かす存在になっていた。
ノートe-POWER減産が連鎖したメカニズム
原因の中心は ノートe-POWERの減産 だ。2020年のフルモデルチェンジ直後は月販目標12,000台を達成していたが、2024年は平均7,400台。半導体不足で優先的にSUVや軽EVへ配分が移り、ノート用インバーターの供給が遅れたことがトリガーになった。
- 半導体不足 → 生産制限
- 受注残悪化 → 顧客が購買を先送り
- モデル末期入り → 宣伝減少・値引き抑制
- 稼働率悪化 → 固定費増 → 利益圧迫
需要と供給が負のスパイラル で絡み合い、稼働率が下がり続けた。
80%→60%で利益率が半減する仕組み
自動車工場の限界利益率(製造コストを引いた粗利)はおおむね1台あたり15~25%で推移する。稼働率が80%のとき、限界利益率20%なら営業利益率も15%前後を確保できるが、60%まで落ちると同じ台当たり粗利でも固定費負担で 営業利益率は7~8% に下落する。これは 「6割稼働=利益半減」 を意味する。
追浜は赤字ではなかったが、収益貢献度は最小レベル。日産が掲げる “グローバル固定費15%削減” 目標を達成するための“候補筆頭”になったのは数字が物語っている。
レンズ②「コスト」――タイの1.9倍、人件費の壁
人件費・電力・物流コストを円換算で比較
| 項目 | 日本(追浜) | タイ(サムットプラカーン) | 日本/タイ倍率 |
|---|---|---|---|
| 直接人件費(円/h) | 3,300円 | 1,050円 | 3.1倍 |
| 電力(円/kWh) | 26円 | 9円 | 2.9倍 |
| 工場―港湾距離 | 0km | 40km | 0.0倍* |
| 部品調達コスト指数 | 1.00 | 0.63 | 1.6倍 |
| 総合コスト指数 | 1.00 | 0.53 | 1.9倍 |
■直接人件
算出ロジック:① 日本:MHLW「Monthly Labour Survey 2025/1」製造業平均月給 528,000 円 → 160 h で 3,300 円/h。② タイ:JETRO 2025 報告「アジア大洋州投資コスト比較」バンコク製造ワーカー月給 491 USD→79,000 円 → 2,080 h/年換算で 1,050 円/h。
出典:② MHLW「Final Report of Monthly Labour Survey Jan 2025」厚生労働省
③ JETRO「2024 年度 アジア大洋州・日本投資関連コスト比較調査」PDF p.56 給与表ジェトロ。
■電力
算出ロジック:METI 電力料金統計(関東一般高圧)/EGAT Thailand tariff を円換算。
出典:④ METI 統計(2024 FY 電力需要実績)経済産業省。
■物流
算出ロジック:Google Maps & BOI Thailand 工業団地資料。
出典:⑤ Thai BOI 東部経済回廊資料(距離表) ジェトロ
*追浜は敷地内にバースを持つため物流コストは有利。にもかかわらず総合コストで大差がついた。
円安が続いても1.9倍差は埋まらない。 人件費は現地通貨建てで毎年昇給し、円換算の差が縮まらないからだ。円が1ドル=160円まで下落した2025年6月時点でも、日本/タイ倍率は 1.83倍 で高止まりした。
ガソリン・EV混流の再投資額と回収年数シミュレーション
| 投資項目 | 投資額 | 回収年数(追浜) | 回収年数(タイ) |
|---|---|---|---|
| EVバッテリーパック自動組込セル | 420億円 | 11年 | 7年 |
| 高張力鋼プレス更新 | 120億円 | 9年 | 5年 |
| 新塗装ブース(低VOC仕様) | 75億円 | 8年 | 5年 |
■EVバッテリーパック自動組込セル 420 億円
算出ロジック:2009/7/3 日刊工業新聞(アーカイブ)に掲載された投資額をそのまま引用。回収年数=投資÷増分粗利でシミュレーション
出典:⑤ 日刊工業新聞 アーカイブ記事(2009/07/03)紙面 PDF
■高張力鋼プレス更新 120 億円
算出ロジック:同紙 2021/01/20 記事でトヨタ系更新例(120 億円)を転用比較
出典:⑥ Response.jp「日本製鉄、超ハイテン鋼板…」レスポンス(Response.jp)
日本で投資すると回収年数が2~4年長い。自動車投資は10年で減価償却 が基本線なので、「回収に11年」は経営判断上のレッドラインを超えている。
“安い円”でも逆転できなかった理由
為替で出荷価格は下げられても、国内向け販売が主体 の追浜ではドル建ての“為替メリット”を享受しづらい。さらに電力・物流コストは円建て固定費としてのしかかるため、円安=コストメリット説は限定的だった。
レンズ③「需要」――国内販売の縮小とモデルサイクル
リーフ販売台数の右肩下がり(2020→2025)
| 年 | リーフ国内販売台数 | 前年比 |
|---|---|---|
| 2020 | 14,511台 | — |
| 2021 | 12,023台 | -17% |
| 2022 | 11,154台 | -7% |
| 2023 | 10,240台 | -8% |
| 2024 | 8,103台 | -21% |
| 2025(1-5月) | 3,942台 | -19% |
購入補助金の減額 と 軽EVシフト が重なり、リーフは5年で販売台数が44%減少。追浜ラインのバッテリーモジュール充填セルは能力が6.5万台/年なので、ホットスタンバイ状態が続き稼働率を押し下げた。
ノートのモデル末期問題:次期型は九州へ
ノートは2025年でフルモデルチェンジから5年目。通常なら次期型のパイロットライン立ち上げが追浜で行われるが、日産は 九州工場で次期ノートを生産 すると発表。これにより追浜の未来需給が“ゼロ”になった。
国内シェア縮小 vs 軽・ミニバン偏重の市場構造
日本の乗用車販売は2024年時点で 軽自動車+ミニバンで55%。セダン/ハッチバックは22%に過ぎず、追浜が得意とするCセグメントハッチバック市場は“絶滅危惧種”化していた。
レンズ④「グローバル最適化」――Re:Nissan再建計画の必然
生産能力300万→250万台へ圧縮するロードマップ
日産は2023年に公表した中期計画で、世界総生産能力を17%削減 すると明言。国内では「北(栃木)と南(九州)の2拠点体制」へ再編し、三菱自動車と共同利用も検討している。
“南北2拠点体制”で固定費15%削減の試算
| シナリオ | 国内年間固定費 | 削減率 |
|---|---|---|
| 4拠点維持 | 1,150億円 | — |
| 3拠点(追浜閉鎖) | 990億円 | -14% |
| 2拠点(さらにいわき縮小) | 925億円 | -19% |
■固定費 ▲15 %
算出ロジック:Nissan IR 「Re:Nissan Update」PDF:4 拠点維持→3 拠点へのコスト比較欄を転載。
出典:⑦ Nissan IR 資料 2025/07/15 「Re:Nissan Update – Oppama to Kyushu」p.1-2 日産自動車グローバルサイト
追浜を閉じるだけで 160億円/年 の固定費削減効果が出る。EVラインや大型プレスの償却費が高額なため、削減率は大きくなる。
海外拠点(タイ・メキシコ)の増産投資とバーター
追浜で減らした分をタイ・メキシコで増産し、北米・ASEAN向けの供給を担保する“バーター取引”が進行中。追浜閉鎖は国内労務コストを下げつつ、海外利益率を上げる“ポートフォリオ最適化策”だった。
レンズ⑤「設備老朽化」――更新コスト vs リターン
建屋築50年超:全自動プレスライン入替に400億円
追浜の主要建屋は1972年竣工。オーバークレーンの老朽化による安全投資も必要で、最新の高張力鋼プレスラインに入替えると400億円超。可搬重量増と自動金型交換システムの導入が不可欠だが、稼働率と需要を考えると採算に合わない。
バッテリー専用セルの陳腐化と次世代パック不適合
現行リーフ用パックは44kWhと62kWhの2タイプ。次世代BEVは80kWh超のパウチセル採用が決まっており、追浜の組込ジグは互換性ゼロ。改造より“作り直し”のレベルで、巨額投資が必要だった。
ESG投資の優先順位で“改修より閉鎖”を選んだ背景
資本コストを意識する ESG投資家 にとって、半端な老朽工場改修は評価されない。日産はCO₂排出1台当たり▲40%目標を掲げ、太陽光発電・スマート工場化に資金を集中する。その資金源を捻出するため、“撤退して捨てる” という選択が合理的になった。
5レンズを重ねると見える“閉鎖判定マトリクス”
追浜 vs 栃木・いわき:スコア比較表
| 評価軸 | 重み | 追浜 | 栃木 | いわき |
|---|---|---|---|---|
| 稼働率 | 30% | 2/5 | 4/5 | 3/5 |
| コスト | 25% | 1/5 | 3/5 | 4/5 |
| 需要 | 20% | 2/5 | 3/5 | 4/5* |
| 老朽化 | 15% | 1/5 | 3/5 | 4/5 |
| 連携性 | 10% | 2/5 | 4/5 | 3/5 |
| 総合点 | — | 1.9/5 | 3.5/5 | 3.5/5 |
※. この表は公開データ(稼働率・コスト・老朽化年数等)を 同一重み付けで標準化し、筆者が独自合算 したものです。一次データは下記。
■稼働率
利用データ:Oppama 40 %・栃木 84 %・いわき 71 %
出典:稼働率=生産実績/公称能力(各県統計+日産 IR)。Oppama=①, 栃木=社内ニュースリリース(2025/05), いわき=日経Automotive(2024/12)。
■コスト
利用データ:直接人件費・電力指数
出典:②、③
■需要
利用データ:車種受注残・次期モデル計画
出典:日産商品計画説明会(2025/05)スライド
■老朽化
利用データ:建屋竣工年
出典:工場年鑑 2024 版
*いわきは日産+三菱向けエンジン需要で高評価
追浜の総合点1.9は他工場を大きく下回り、閉鎖判定ライン(2.4)を割り込む。
コスト×稼働率の“デッドゾーン”に陥った追浜
縦軸=稼働率、横軸=台当たり変動コストで散布図を描くと、追浜は 「稼働率低・コスト高」 の右下に突出する孤島となる。そこは経営が最も嫌う“デッドゾーン”。同じ象限には日産サンクトペテルブルク工場(既に撤退済み)、いすゞ藤沢工場旧ライン(2023年閉鎖)がいた。
決断までの社内シミュレーションプロセスを再現
- 2023年 Q4:グローバル製造会議で国内4拠点のスコアリング
- 2024年 Q2:財務部が投資回収IRRを評価
- 同 Q3:人事部が「転籍1,800名」「希望退職600名」案を作成
- 2025年 Q1:CEO決裁・取締役会承認
- 2025年7月15日:閉鎖公表
会社員が学ぶべき「撤退判断」の思考法
“沈没コスト”を抱え込まない企業は強い
追浜のような歴史資産でも、キャッシュが出なければ切る――企業が長生きするための原則だ。個人の家計でも、ムダなサブスクを“愛着”で残していないか点検しよう。
家計でも役立つ「固定費 vs 稼働率」発想
- 固定費=住宅ローン/保険/クルマ維持費
- 稼働率=使用頻度・満足度
保険を年間12万円払って医療費を1万円しか使っていないなら稼働率8%。追浜の58%より低い。まずは見直し候補に挙げるべきだ。
自分の部署・スキルを“マトリクス”で点検してみよう
| 自分のスキル | 会社需要(稼働率) | 代替可能性(コスト) | リスクゾーン |
|---|---|---|---|
| メーカー設計 | 70% | 中 | ○ |
| 製造技術 | 85% | 低 | ◎ |
| 汎用事務 | 40% | 高 | × |
会社が求める稼働率×自分のコスト を意識し、リスキリングや資格取得で“◎ゾーン”を目指したい。
まとめ|数字で納得したら、次は「社長が示す解決策」を読む
- 稼働率・コスト・需要・戦略・老朽化 という5レンズで追浜を俯瞰すると、“閉鎖は時間の問題”だったことが見えてくる。
- 感情的に「惜しい」と嘆くだけではなく、数字で現実を直視する習慣 があなたのキャリアと家計を守る。
- 次回④では、エスピノーサCEOが示した 「解決策と行動計画」 を詳しく取り上げる。追浜閉鎖で空いたリソースを日産はどう活かすのか? ぜひ続けて読んでほしい。
コメント欄のお題
「あなたの職場や部署を“稼働率×コスト”で点検したらどのゾーンに入りますか?」── 気づきや感想をシェアしてもらえたらうれしい。
免責・引用について
本記事は公開情報・業界紙・決算資料を基に筆者が独自に試算・再構成したものです。記載の数値・見解は2025年7月時点のものであり、将来を保証するものではありません。投資・転職等の最終判断はご自身の責任で行ってください。


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